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サイの尾・猿田彦のプロフィール

自己紹介

ニックネーム:
サイの尾・猿田彦
性別:
男性
生年月日:
1952年04月03日
血液型:
B型
出身地:
鳥取県

好きなモノ

 神戸大学法学部卒。現在は地元で準公務員。1952年生。神武天皇の道案内をして名前をいただいたと父親から聞いた。
 日本書紀にある「道」臣の子孫であると思われる。神武天皇の道案内は「道」臣がされ、鳥取県中部に帰ってこられた。私の姓には「道」の字が始めについている。
  「サイ」は猿田彦のことであり、「尾」は子孫ということを意味する。神武天皇たちは三代前のニニギ命(曾祖父)の道案内をしたサイ(天上界と地上界の間、鏡ヶ成)にいた神(猿田彦)の子孫と名乗れとこの姓を下さった。茨木市に私の姓とよく似た部落解放同盟支部のある地名がある。京阪神に10年余り住んでいたが今から思えば苦労であった。私の家系に被差別部落出身者はいない。被差別部落は古代史において重要な場所である場合が多く、古代史の真実を封印するために藤原氏が造ったものと思われる。
 藤原氏は八世紀に倭国を乗っ取ってから古事記にもとづいて宮崎県に天孫降臨の地、島根県にヤマタノオロチ伝説・出雲大社、奈良に三輪山・葛城・師木、三重県に伊勢神宮をテーマパークとして造っていった。これらは伯耆国(鳥取県中西部)にあったものであり、その後伯耆国(鳥取県中西部)の遺跡や伝承は二百年かけて消していった。伯耆国(鳥取県中西部)に天皇やスサノオ・大国主がいたと主張するものは、最初は褒美を取らせると言っておいて、のちに嘘をついたといって、殺していった。その恐怖政治の前にいつしか伯耆国に天皇やスサノオ・大国主がいたというものは居なくなった。但し、私の先祖やアジスキタカヒコネの子孫(大神山神社の相見宮司の先祖)は褒美を取らせるという誘惑に乗らなかった。今でも藤原氏による監視が続いている。重要人物がいたと思われる集落に、〇藤氏や八幡氏などが多い。鳥取県民のおとなしい性格・自信のない性格はここから形成された。古代史がいまだに混迷しているのは誰も気づかないところに真実の歴史が隠されていたからです。​